あなたは愛はあるの十分。でも、愛が実感できない。愛の不感症。
あなたは特別そうなわけではない。みんなそう。
みんな
小我⇒自分のことだけに執着する心
大我⇒自分以外の人のために尽くそうとする心
それが混在しています。
そこで、小我と大我が戦い合っている。大半の人間は、いつも大我が勝っているわけですよ。人間には天使と悪魔が必ずいるわけです。でも、それが普通。あなたは異常じゃないの。
愛がわからないという感覚はわかるけど、あなたに愛がないわけではない。自分の心を普通の人以上に分析して語っているだけ。
あなたは、天使のほうが勝っている。家事をきちんとやり、子供をちゃんと育てているから。
愛はどれだけ与えたかじゃない。それは物質的価値観。愛はどれだけ心を込めたかです。
愛を理解するためには、あなたには、訓練が必要。愛は感情ではありません。もちろん、感情に流されることは愛じゃない。
愛を理解することの訓練。それは、「感謝すること」。感謝の積み重ねです。御飯を食べることも、夫を送ることも感謝、子供の顔を見る、散歩する。全てのことに感謝していくと、それが愛と分かってきます。
感謝があれば、そこに愛はあります。感謝は頭で考えず、感じていくこと。感謝の積み重ねを続けていくことで、やっと自分の中に愛が芽生えてきます。
心からの感謝ができるようになったと実感できます。
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自分のことが愚かだと思える人は愚かではない。GIグルジェフの言葉だと思いますが、確かにそうです。愚かだと認識できる思考には、愚かではない自分を客観視できる自分が存在しています。
本当に愚かなものは、自分の愚かさに気がつくことができない。
それと同様。自分に愛がないと自覚できるものは、愛を持っているのでしょう。
江原さんが言った「感謝する」という行為は、簡単なようでいて、実はとてつもなく重要な訓練だと思います。こういうことをスラスラ言えるのは、江原さんの素晴らしいところです。
愛とは、見返りを求めずに無条件に与える行為です。例えば、「母乳を赤子に与える母親」を考えてみましょう。母親は見返りを求めているでしょうか?否。違うでしょう。ただ与えることだけを考え奉仕する。それだけで、満足。
それが、愛です。江原さんは、愛は感情ではない。確かにそうです。憎しみに変る愛を愛と言えるでしょうか。本当に愛していたら、相手がどう変ろうが、一方的に注ぐものだと思います。
憎しみに変わる愛とは、相手を「愛」という形を持って利用しているだけです。所詮、相手を利用しているに過ぎません。
愛とは、一方的に注ぐ。奉仕する。与えること。
これらを、感覚として認識するために一番必要なものが「感謝です」。
暇を見つけて、嫌いなもの、好きなもの。全てのものに、感謝するのをオススメします。馬鹿にできませんよ。この「感謝」は、どんな心理メソッドよりも、明確に人を変えていきます。
愛の反対は自分が受け入れられないことの怒り。心が傷つくのは、自分が評価されないことへのコンプレックスです。そういった執着を「感謝」が溶かしていきます。
単純に見えることに真理があるわけですよ。地球は宇宙の中に玉の形で存在している。しかも回転しながら太陽の周りを回っている。それを誰も不思議と思っていない。当たり前だと思っている。
でも、よーく考えてください。どう考えても不思議でしょう? そんな馬鹿な? と思いません? でも、我々は、地球が宇宙に存在しているのを全然不思議と思わなくて、TVのマジックショーとかを不思議として把握している。
我々が普段不思議と思っていることは、地球が存在する不思議さから比べれば無に等しいことです。
当たり前なことほど、凄い。
当たり前すぎることほど凄いという典型を「感謝」に見る気がします。
感謝を日常的(強制的に)に繰り返していくと江原さんの言った深い意味が理解できてきます。明らかに当人が変ってきます。
感謝とは大我(天使)、小我(悪魔)をはるかに超えた真我(魂)を刺激する行為だからです。
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