2009年07月08日

Q 自殺で友人を亡くしました。私が受験を薦めた中学校でイジメにあったのが原因です。悔やんでも悔やみきれません。

江原啓之:
今ね。見えてきている子がいるんですよ。

この子が自殺した原因は親御さんの夫婦仲と無理解が一番の原因。この子には帰る家がなかったとのこと。

本人は自殺したことを大変後悔しています。質問者への怨みつらみは一切ないです。逆にそう思われていることがつらいと言っています。

この子の供養を思うと、後悔するのではなく、逆に頑張ってね。と声援を送る方がいいと思います。
もちろん、イジメも原因としてあった。イジメとは本当に想像力の欠如だと思うんですよ。相手にこういうことをしたらどう相手が感じるかわからない。決して許されることではない。

残念だったのは、家でも友達でも逃げ込む場所があったら、だいぶ違っていた。この子がかわいそうだったのは、逃げ込む場所がなかった。

質問者は、早くこの子が浄化(成仏)するように、言ってあげたほうか、この子のためになる。

<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<

苦悩の耐性とでも言いましょうか。孤独なときに苦悩が来るのと、誰かしら話し相手がいるなかで苦悩が来るのとでは、苦悩の重さに雲泥の差がある気がします。

やはり、孤独な時に絶望に立ち向かうのはつらいものです。本当の絶望状態になると、立ち向かうことも不可能になるでしょう。体験上、その気持ちもわかります。

ではどうすればいいか?
「イザとなれば、逃げる。逃げる寸前のスタンスで立ち向かう」のです。これ以上のことをやられたら、逃げよう。そういうスタンスで立ち向かっていくと、心に余裕ができます。

正直学校に行かなくてもいいわけです。将来的に必要だと思うのなら、通信や定時制。大検など、様々な手段を駆使して、卒業すればいいわけです。

現実問題として、いくら一流大学出ようが、40代でリストラされれば職を失います。どんな人でも条件は同じです。いくら学生時代に逃げようが何しようが、後で取り返せばいいわけです。

学生時代のイジメ。私も経験したことがありますが、年を重ねるたびに財産になっています。イジメられるほうは、時として他人を不快にさせる邪気を放っている場合が多い。

また、親が過保護に育てて、そのため甘えが強くなり、対人関係が弱いとか。過去世の因縁とか、それなりに問題があるわけですよ。無論、イジメる方は言語道断ですが。イジメた方は、運気の低迷と将来の悪因縁の種をまきます。カルマの法則です。

イジメられることは、視点を変えれば、自分が過去世に他人を苦しめた因縁が多少解消される。オマケに他人の気持ちが痛いほどわかる。なにもない、普通でいること自体に心からの感謝ができる。ある意味こんなにいいことはないです(笑)。

今イジメられている現場にいる人は絶対にわからないでしょうが、数十年と時を経るにしたがって全く別の視点で、学生時代の絶望を見ることが出来ます。

私なんか、学校の先生に別室に連れ込まれてリンチされていました。みんなの前で、先生が親の職業を馬鹿にしたり。理由なんかないですよ。理由が全くないのに、誰もいない場所に授業中いきなり連れ込まれて、ビンタが飛んでくる恐怖や絶望感。想像できるでしょうか? その先生、私が、睨んでいるとか言ってましたが。


中学校の自分、当時の私に入ることができたら、当然、その先生をクビにします。平教師じゃ話にならないから。教育委員会や校長に直接話をつけます。先生は本来聖職のはずですが、残念ながら先生の中には、精神に問題があったり、日教組に属している妄想族が多い気がします。


そう言う状況で、私は、学校、家。何処にも居場所なんてなかったですね。自分を誰も受け入れいてくれない。

極度の孤独。社会から、阻害されているという感情は味わったことのない人にはわからない激痛ですよ。ただし、自殺なんて、全く考えませんでした。気休めに考える程度はしましたが、本気ではありません。

霊とかそう言う分野の知識がありましたからね。自殺などとんでもない。


世間的に勘違いしているのですが、霊の知識を学べば霊界にあこがれて、自殺者が出る。と言います。とんでもない勘違いですよ。霊的な知識を知れば知るほど、恐ろしくて自殺しなくなるのが正解です。

自殺者について言うと、霊的にまともな人は成仏(肉体に近い幽体を脱ぎ捨てる)できるかもしれませんが、やったことは自分を殺す大罪です。絶対にやってはいけないということをその霊自体に刻印させるため、とにかく想像を絶する怖い事が待ち構えています。

もし、霊的な知識を得ることで自殺したくなるとしたら、それは間違った知識と断言できます。



苦悩や絶望ですが、真っ直ぐに生きて来た人は、試練に遭うと弱い。曲がらずにポキっと折れます。人生曲がりくねり、柔軟に生きていくことも時として、重要だと思うのですよ。当人は、八方塞に見えて、実はそうではないのです。探せば、対処の仕方はいくらでもあるわけです。



自殺者が大変後悔している。と江原さんは言いました。そのとおり。

人生の一時の苦しみなど、あらかじめセッティングされた、ハードルのようなものです。上手にクリアしていくのを指導霊たちが見ています。どんどんクリアしていくと、あるとき、とんでもない高さのハードルが目の前に出てくるかもしれません。

これは、苦悩や絶望なのでしょうか?とんでもない。

ハードルは飛び越えるために設けられた障害物です。

スポーツ選手が、自己の記録を伸ばすのに何をするでしょうか?

限界まで、限界以上まで肉体を痛めつけ、そして限界を超えます。

それと同様に、霊にとって、自己の限界を超えるには、場合によって、失意や絶望と言うものが必要となってくるのです。自己の限界を超えるために当人は絶望を納得して生まれてきた。我々は、魂を鍛えるために生まれてきたわけですから。


↓ポチっとお願いします
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ


posted by 江原啓之ファン at 20:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 江原啓之Q&A【イジメ・友人関係】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/123088860
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック